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うき玉

2021.12.04


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チョウザメの歴史

 

チョウザメは古代からずっと白身魚食材でした。日本では「キャビアの魚」の

イメージしかありませんが、北半球の国々で永年食されていました。

古代ギリシャでは白身の肉が高級食材とされ、黒海からはるばるアテネへと運ばれていました。チョウザメ壺一杯に羊100頭分の値打ちがあったと言われています。

 

チョウザメの骨からは上質なゼラチンが取れます。このアイシンググラス(魚由来ゼラチン)はワインの濁りを取る清澄材として使われてきました。

 

明治時代以前は北海道でもチョウザメの遡上が盛んでした。アイヌの人々に「ユベ」と呼ばれ、石狩周辺の地名になっています。

 

チョウザメは調理次第で肉のような質感にもなるため、キリスト教の四旬節の食べ物として重宝されました。

 

イングランドでエドワード2世の時代にチョウザメが王室所有とされました。この法律は今でも続いており、ロイヤルフィッシュとも呼ばれています。

 

ロシアではチョウザメはコサック兵から皇帝への献上品でした。漁が解禁される春、氷が張ったヴォルガ川を遡上しながら魚を獲ります。

 

ロシアでは今でも伝統料理としてお祝い事の時にチョウザメ料理を作ります。イラストはチョウザメの香草焼きです。

 

明治時代以前は北海道でもチョウザメの遡上が盛んでした。アイヌの人々に「ユベ」と呼ばれ、石狩周辺の地名になっています。

 

一次大戦後、ヨーロッパでキャビアブームが起こりました。パリの街ではほとんどのレストランがキャビアを提供していたそうです。

 

キャビアブームの影響で乱獲によりヨーロッパのチョウザメが激減しました。次にアメリカの五大湖周辺に漁場が移り、間もなくアメリカのチョウザメも姿を消してしまいます。

 

ネイティブアメリカンにとってチョウザメは「魚の王」として崇められていました。チョウザメ漁は夏に行われたので8月の満月「スタージョンムーン」の語源になっています。

 

カスピ海のチョウザメが絶滅の危機に瀕し、野生のチョウザメの捕獲は制限されました。現在は中国の浙江省千島湖で養殖されたチョウザメから獲ったキャビアが世界市場の1/3を占めています。

 

20世紀までカスピ海は魚の宝庫でした。バラスト水から持ち込まれたクシクラゲがプランクトンを食い荒らし、チョウザメを含む魚が激減しました。

 

チョウザメが減ったことにより、各地で代用キャビアが作られています。スウェーデン産のランプフィッシュキャビアは日本にも出回っています。

 

チョウザメはサメではなく、シーラカンスと同じ古代魚の一種です。

 

よくサメと間違われる古代魚:チョウザメ・ギンザメ

 

チョウザメの口には歯がありません。ヒゲに当たった小動物を丸呑みして食べます。

 

チョウザメの誕生については諸説ありますが、ジュラ紀には原型となる魚が泳いでいたそうです。白亜紀になると体に硬鱗が並び、現在の姿になりました。

 

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